偽善 | 天羽 均
(織総 択を前にして、一人の女が寝ている。)
悪心 どうした、今がチャンスだ。
この女は俺がやっていい女なんだ。
こんなところで寝ているほうがいけない。
女だって期待してるさ。
織総 択 そうだな。それを期待してるのかも知れない。
良心 いけませんよ。そんなことしては。
私は、既にあの人を頭の中で姦淫しています。それだって罪なのです。
なのに、相手の許しも無くそんなことをしたら、
私は、本当に罪人になってしまいますよ。
悪心 どうしたよ。やっちまえよ。
気兼ねすることなんかねぇって。
織総 択 でも、やっぱり罪かな。
悪心 罪なんかじゃないさ。
それが罪だと言うんなら、世の中、極悪人だらけだぜ。
考えても見ろ、夜遊びをしてる奴なんざ、毎晩々々とっかえひっかえだ。
それに比べれば、俺なんかまだ良心的だぜ。
織総 択 良心的なのか。
良心 そんな訳無いでしょう。他の人と比べても、
悪は悪、罪は罪です。
他の人なんて気にしないで、私は私の道を行くのです。
罪はいけません。いつか自分に跳ね返ってきますよ。
悪心 気にするなって。自分の道をいけよ。
俺はあの女とやりたいからやるんだ。理由なんていらない。
そんなものは、後からついてくるもんだ。
あの女だって、俺にやられても悪い気はしないって。
織総 択 そんなもんかな。
自分の気持ちを大切にしなくちゃね。
良心 相手の気持ちは尊重しないのですか。
私は、自分の気持ちを尊重する以前に、相手の気持ちを尊重すべきです。
私がしようとしているのは、和姦ではないでしょう。
そうであれば、強姦です。
これは、精神世界でも、現世の法律の上でも罪です。
絶対にしていいことではありません。
織総 択 そうか、強姦になるよな。いつも拒否するし。
悪心 強姦にはならないって。
強姦を法律で証明するのは、ものすごく難しいんだ。
不可能に近い。
あの女は自分から俺の家に上がったんだぜ。その時点で和姦は成立しているんだ。
それ以前に、訴えられることはないだろうがな。
あの女は俺のことが好きなんだろうし、
強姦ほど裁判のとき恥ずかしいものはないしな。そうだろう。
織総 択 でも、心の問題としては、かなりくるものがあるんじゃないか。
悪心 ないない。
やっちまえば、それで問題は解決するんだ。いつだって、問題の後には結び付きが強くなるもんだ。
俺が満足すれば、今はそれでいいじゃないか。
あの女の心なんて、いくら考えても解らないだろう。だったら気にしても仕様が無い。
解らないものは解らない。
ならば自分の好きなようにした方が、いいに決まってるさ。
織総 択 気にしても仕様が無いか。
良心 心と心がつながっていれば、相手の気持ちは解ります。
相手の身になって考えてみれば、少しはつかめるはずです。
解らないから諦めるのではなく、解らないからこそ、理解しようとするのです。
理解しようとする気持ちさえあれば、
自分の好きなようには出来ないはずです。
これが、愛と称されるものではないでしょうか。
織総 択 愛か。確かに、僕は彼女を愛している。
悪心 けっ! いつ聞いても胸くそ悪い言葉だぜ。
思い出したくもねえ!
俺はその言葉に何度振り回された。
いつだってそうだ。それが呼び出すものは、欲望と裏切りだ。
その言葉は嘘しか生み出さない。
そんなものに惑わされるんじゃねえ。
やっちまえ。
それが罪だと言うんなら、子供はみんな、罪の結晶だ。
織総 択 でも、やっぱりやめとこうかな。
悪心 何考えてやがる。この小心者が。
今しかチャンスが無いかも知れないんだぜ。今しか。
織総 択 いいさ。今じゃなくったって。彼女のいい時で。
良心 そうです。それでいいのです。
焦ることはありません。信じていれば、いつか心は通じます。
その時まで、待つのです。
織総 択 そうだね。そろそろ暗くなってきたし、
彼女を起こそう。
悪心 あの女は誘っているんだぞ。俺が犯せる女なんだ。
でなけりゃ、俺の家にきて寝る訳がねえさ。
織総 択 うるさいなあ。僕は僕の道をいくんだから。
良心 一つ成長しましたね。
これからも、何にも惑わされずに、私の思う通りにしていきましょうね。
悪心 けっ! これだから小心者は嫌なんだ。
偽善者め!