ためいき | 織総 択
七時三十分
ピッピッピッピッピッピッピッ…
目覚し時計の音が聞こえる。「起きてください」と、妻の声もする。
ハァ
会社に行かなくてはならないのは分かっているのだが、体がいうことをきいてくれない。手を伸ばし、目覚し時計の音を止めると、また睡魔が襲ってくる。
七時四十五分
十五分程過ぎたので、勢いよく蒲団をはいで起きる。会社には、九時までに行けばよい。会社まで車で二十分。十分、飯を食う時間はある。
ハァ
頭痛がする。昨日飲んだ酒が悪かったのだろうか。それとも寝不足。
七時五十八分
「行ってきまーす」と、息子の声がする。小学五年生の子なのだが、意外としっかりした性格である。学校でももてるらしい。所謂クラスの人気者だ。たまに、そんな息子が鬱陶しくなる。まぁ、そんなことはどうでもいい。
朝食を食べる。私は米の飯がいいと言っているのだが、今日もパンである。パンはどうも駄目だ。スカスカしていて食べた気にならない。それに、コーヒーよりもお茶のほうが良い。コーンスープより味噌汁だ。
ハァ
何故、朝っぱらからパンを食べないといけないんだ。
八時三十五分
妻に昼の飯代をもらい、車に乗る。結婚して十二年。子供もいる今、妻が期待してるのは、月末の給料と夏・冬のボーナスだけではないかと思う。弁当すら作らないのが、その証拠である。
ハァ
今日も同僚と定食を食べるのかぁ…。
八時五十分
少し車をとばしてみた。空を飛ぶほうではなく、速く走らせるほうであるが…。
途中で猫の死体を見たが、詳しく言ってしまうと汚くなるので、あえて言わない。
ハァ
何か、悪いことが起こるんじゃないだろうな。
タイムカードを差し込み、自分の持ち場へと行く。『企画部』そう書いてある部屋の、一番奥にある机、そこが部長の場所である。日当たりのいい窓際。私の席ではない。私は人よりも出世が遅れていて、まだ係長である。
九時二十五分
新しい企画を今週中に提出しなければならないのだが、何一つ、良い考えが浮かばない。
ハァ
また、部長に嫌味を言われないといけないのだろうか。いつまでも、うだうだと言われると、まとまりかけた案も忘れてしまう。
十二時
昼休みだ。同僚Wと会社の前にある定食屋に行こうと思う。Yは駄目だ。二週間くらい前に結婚したばかりで、まだ弁当を作ってもらえている。弁当はそのうち飽きてくる。定食のほうが、私はいいと思う。
今日はトンカツ定食にする。Wはエビフライ定食のようだ。トンカツ定食は、安い割にボリュームがあって、しかも美味い。明日は何にしようか迷っている。
ハァ
妻が作ってくれた弁当が懐かしい。
十五時八分
企画部に今年入ってきた新人の中で唯一の女性、全体で言えば、十三人目の女性、Nさんが、お茶を入れてくれた。今日初めて会社で飲むお茶である。まだまだ美味しいとは言えないが、お茶がこれほど美味いと感じるときはない。
ハァ
企画書がまだできない。
十六時五十九分
退社時間一分前。意味はないのだが、何故か秒針を見つめてしまう。
ハァ
また部長の怒鳴り声が聞こえる。あの声を聞くと嫌な気分になって仕方ない。
十七時
退社時間である。企画書も出し終え、残業もしなくてよい。Wにどこかに飲みに行こうかと話すが、今日は早く帰らないといけない、と冷たい答え。
ハァ
家に帰るしかない。残業と称して女の子達と飲みに行ってもいいのだが、それをしないのが私の良いところである。私はそう信じている。
家に帰れば、子供の相手をするはめになるのだろうが、部長の怒鳴り声に比べれば随分とましである。
十七時三十分
少し遠回りをし、家に帰り着く。
新婚当初は、玄関まで走ってきて私を迎えてくれた妻も、今では居間でテレビを見ながら「おかえりなさい」と大声で言うだけである。
ハァ
言ってくれるだけ、まだいいのかもしれない。
十八時
着替えも終わり、息子とテレビゲームをする。最近は野球ゲームに凝っているが、半年ほど前は、RPGと呼ばれるジャンルのゲームに凝っていた。一つのゲームを買うために、朝早くから店の前に並んだこともある。今考えてみれば、とても恥ずかしい。
ハァ
三ヵ月後に、そのゲームの続編がでるらしい。今はどうでもいいが、発売日にはまた並んでしまうんじゃないかと思う。
5-2で、また負けてしまった。
十九時
夕食を食べ始めるが、いつも同じようなメニューなので、飽きがきている。
妻が近所のことを話しているが、それが鬱陶しくてたまらない。息子は食べるのが早く、二回ほどおかわりをするのだが、十分くらいで食べ終わる。
ハァ
「食べ終わったのなら持っていきなさい」と、妻の怒声が聞こえるが、部長の声を考えるとまだ我慢ができる。
二十一時
息子は寝た。風呂にも入り終わった。テレビを見ながら酒を飲む。ここでやめよう、ここでやめようと思うのだが、ついつい飲んでしまう。
ハァ
明日のことは考えたくない。
二十三時
妻も相手にしてくれないので、寝ることにする。明日がどんな日になるのか、なんとなく予想がつく。どうせ今日と同じようなものだろう。
平凡な毎日が繰り返される。それを壊したいと思ったこともある。しかし、こわい。一小市民としては、普通に生きていくのが一番安心できる。
ハァ
はやいところ寝てしまおう。
フゥ